清水寺と中国人観光客

京都に行ってきました。ものすごい数の外国人観光客でした。特に中国人と思しき団体の多いこと。この勢いは東京オリンピックまで続くのでは?なんて言われてますけれど。

「所構わず大声で叫ぶ」「列に並ばず割り込もうとする」みたいなのが中国人のステレオタイプで、確かにそういう人をちょくちょく見かけますけれど、大部分は礼儀正しく大人しい人たちなんだな、というのが総合的な感想です。そういう彼らは目立たないので必然的に見過ごされがちで、目立つ部分にどうしてもバイアスがかかって、それが全体を代表する評価につながる、というのはよくあることです。

常に全体に目を配ることを忘れないように。また逆に、ほんの出来心程度の無礼でも、それによって自分自身を規定されてしまう危険性を認識しなければなりません。

[映画] The Hobbit: An unexpected journey

観ました。壮大な世界観は見事なものです。冒険(journey)、という単語にワクワクしますよね。魔法使いが知性の象徴みたいに描かれてる割には、なんだか行き当たりばったりで、「そんなんできるなら先に使えよ!」的なツッコミを随所に入れたくなってしまうのですが…そこはファンタジー的にはアンタッチャブルなのかな…。

ミステリーの場合、常に殺人の舞台に居合わせる探偵が一番怪しいのに、そこは誰も突っ込まないことになっているのと同様ですね。

高野山とImmutable Infrastructure

高野山に行ってきました。

「消えずの火」の話を聞いて、思い出したのが「Immutable Infrastructure」。ウェブやデータベースのサービスを稼働させ続けるのって、「火を灯し続ける」行為に似ていませんか。ソフトウェアを、薪から薪へと燃え移る炎のようにデザインできたら、ハードの耐久性はそれほどクリティカルな問題にならないですよね。

10年ほど前に伊勢神宮を訪れた時も「式年遷宮」の話を聞いて、サーバの管理手法に応用した記憶があります。こちらは「Blue-green deployment」と呼ばれる手法に似ていませんか。

色即是空と来れば、2進法が思い出されます。親近感、というとおこがましいですが、エンジニアにとって、とても興味深い概念が仏教や神道には含まれています。

[映画] The Hangover Part II

iTunesで借りて観ました。本の読了記録はRailsアプリを作ったんですが、映画も何か記録できるような仕掛けが欲しいですね。読み終わった本や観終わったDVDを棚に溜めておく行為に何か意味があるのか、と問われると難しいですが、カラスがゴルフボールを巣に持ち帰る感覚でしょうか。必要最低限以上の何かが、欲しくなる本能のようなもの?

あ、映画の話するの忘れてました。バンコクが舞台で、南国の熱気が画面の端々から伝わってきました。やっぱり良いですね、東南アジア。

[映画] Runner Runner

久しぶりに映画を見ました。南米コスタリカが舞台。フィリピンに行った時に送迎の車の中から見た家々ともそっくりの世界。不思議と懐かしさを感じてしまいました。自分の田舎像と妙にオーバラップする部分があったからだと思います。

オヤジたちは、少し汚れた下着のようなシャツで歩き回り、昼間から酒を飲むし、煙草はどこにでも放り投げる。小便だってどこにでもする。犬や猫、それからニワトリは放し飼い。工場の騒音は凄いし、焚き火や焼却場の臭いが立ち込めるようなこともありました。道路の舗装は完全でなく、雨の後には水たまりがあちこちに。祖父が小学生の自分をスクータの座席の前のスペースに立たせて、二人乗りで釣りに行っていたのも、今同じことをやったら大問題になってしまいそうですね。

映画の中で「ここが楽園だと思うか?」と尋ねるシーンが出てきます。コスタリカの華やかなリゾートと比べるのも変ですが、まあ結局どこにも負の現実はあるわけで。そういう清濁を併せ呑めるようになってこそ、田舎って楽しいのかもしれませんね。

参勤交代

養老孟司氏の何かの対談か著書で提案していました。現代人も、年に数ヶ月は田舎で暮らす時期を持った方が良い、と。多くの人たちが合理的で理性的な判断力を身につけている一方で、頭でっかちになってしまって、妙な局所解に落ち込んで悩んでいるように見えます。

もちろん自分も。目の前の仕事や小さな人間関係を維持することに汲々としてしまい、何かを見失っているような、そんな漠然とした予感だけがあるんですが、じゃあどうすればいいかってところが全然見えてこないんですね。個人的なレベルで行くと移動や拠点を複数持つことの費用、日本全体だとエネルギー効率の問題なんかが気にはなるものの、血の巡りのような何かが停滞していることによる潜在的なロスに比べたら大した問題ではないのかもしれません。

自分自身がまずは実験台になって、どんなことが起こるか確認しながら、漠然と養老氏の提案に感じるところがあるような人たちを短〜中期で受け入れられるような場所を作れたら良いなと考えています。

住まいは田舎

「住まいは田舎、家内はいます」(回文)

この回文を使ってみたかっただけの投稿です。という訳にはいかないのですよね。ちょっと昨日は飲み過ぎたみたいで、頭痛があります。肩が痛かったりお腹の調子がイマイチだったり、調子の良い日、ってのがあまりないですね…。歳のせいか、と思いたいところですが、20代前半から付けてる日誌にも同じこと何度も書いてるので、もうほとんど自分の身体の性能でしょう。

住まいの候補地は、まだまだ考え中です。海の近くが良い?とか思い切ってすっごい山奥にとか、いやいや宮崎や熊本の市街地は?阿蘇の別荘地は?などなど、ちょっと気をぬくと(?)思考がどんどん拡散してしまいます。まあ、どの可能性も否定はしませんが、まず一番大事な部分をしっかり固めないと。

プログラミング道場

先ず隗より始めよ

やりたいことを考え出したら思考はどこまでも発散して行きますが、どこかの時点で収束に向かわせないと、現実のリソース問題と乖離が酷くなると実現性がどんどん下がりますからね。という訳で、まずはどこかで小さくプログラミング合宿の企画を練りたいと考えています。

PC(Mac)は持参してもらい、あとは机・椅子・電源・インターネット、できたらホワイトボードやプロジェクタもあればなお良し、というところでしょうか。昼間作業をする部屋と、夜寝る場所の快適性も問題です。

(都会に比べ)交通の利便性は悪い、(流行のリゾート地に比べ)オフの時間の娯楽が少ない、という悪条件を逆手に取り、ストイックに技術の習得と目標の達成にしがみつこうという人材に訴求できるコンセプトを練りたいと思います。とはいえ、古き良き日本の田舎の風情に心癒されることもあるだろうとは思いますが。

検討事項:

  • ビジネスホテルのような中・長期の滞在に適した宿泊所があるか?
  • 作業場、宿泊所が町の中心から離れた場合の移動をどうするか?
  • 有志を募ってみる?どんな条件が良いか?

Airbnb

大阪でAirbnbのホストをやっています。Airbnbは、旅行者などに自宅の寝室(Bed)と朝食(Breakfast)を提供するサービス(Bed and breakfast = Bnb)の仲介をしてくれるウェブサービスです。見ず知らずの外国人を部屋に泊めるというと、大抵の日本人はびっくりしますけれど、お互い顔写真は公開していますし、事前にチャットで挨拶して、質問なんかのやり取りをしているうちに段々と親近感が湧いてきて、会うのが楽しみになってくるくらいです。確かにリスクを意識しなければいけませんが、それに勝る楽しみがある、と思います。

3月末から今月にかけては旅行のハイシーズンらしく、街を歩いても電車に乗っても海外からの旅行者っぽい人に出会います。私の部屋も3週間近くずっと予約で埋まった状態です(他の時期はガラガラなんですけどね)。

これと同じことを高千穂でもやれるかどうか?もちろん、まずは手に入る家のサイズ次第なんですけれど、資金調達の目処が立ったら、簡易旅館みたいな規模でやっても面白いかも、などと夢想しています(Airbnbほど簡単にはやれないでしょうけれど)。

移住計画:松・竹・梅

引越しの予定までは決まっているものの、まだ住居が確定していません。ミニマム(梅)なプランとしては、2人暮らし程度のアパートと、コワーキング内の専有スペースをレンタルという感じを想定してるんですが、なかなか具体的な空き部屋の情報が手に入らないのと、町唯一のコワーキングスペースも抽選かも、と、不確定要素だらけな現状です。

古民家を安く譲り受けてリフォーム、というのが次のプラン(竹)です。そこでどんなことができるかは立地と間取り次第なので、移住後の収益確保計画と絡めて相当慎重に選ぶ必要があります。残念ながら今の所、まだ一目惚れ物件はありません。

田舎でやってみたいことの一つにBnB(簡易宿泊所)があります。このブログタイトルにもなってますが、プログラミングの強化合宿「道場」を作るのが最後のプラン(松)です、ちょっと大きめの家で共同生活しながら、がっつり開発します。海外からの観光客を受け入れて、地元の人たちと交流パーティみたいなのを企画しても面白そうですね。そのためのハコをどう確保するか、まだこちらも暗中模索です。