ダッカ視察旅行

5/8から、バングラディシュの首都ダッカに約4日間滞在してきました。

滞在中もその前後も忙しくて、なかなか振り返る時間が持てていないのですが、やっぱり視点移動としての「旅」は大切だな、と改めて思います。

インフラ(特に電気)の十分でない地域で、外灯の下で勉強を続ける子どもたち、ロヒンギャの難民たち。サブマシンガンやショットガンを持ったガードマンが、街のあちこちに居る風景。

日本に帰れば、また普通の生活に戻るだけで、なにか大層なことが自分に出来るわけではないんですが、こうして見聞きした世界のことを、誰かに少しでも伝えたり、機会があれば少しでもお金を寄付したり、というくらいは、まず出来るように。

拡張記憶装置としてのネット

何年か前に作った読了本の管理アプリに久しぶりに手を入れて、twitterのカード表示と(自分のアカウントへの)ツイート機能を追加しました。

これまでに読んだ本と、スニペット(気になった文章)がランダムに投稿されます。

一番最初に作った時はAmazonのアフェリエイトでちょっと稼げないかなって思ってたんですが(そっちはさっぱりでした(^^;)、今は主に、自分の記憶を掘り起こすために役に立っています。なるべく能動的に知識を集め思考することを心がけたいところですが、やっぱりどうしても楽な方に流れて行きます。せめて受動的になるなら自分が過去に読んだ本を強制的にレビュー(復習)出来たらいいんじゃないかな。

この歳(アラフォー!)になっても、勿論、学ぶことは沢山あるんですが、学び続けるのではなくて、これまでの集積からどんなアウトプットが出せるか、ということも本気で考えていかないと。

てげてげ

宮崎市内のコワーキング(&samble)で Ikkyu のライブを聴いてきました。時間になっても一向に始まらなかったり、明らかに聴いてないお客さんが居たり、「てげてげ」を地で行くような空気感が心地よいです。あ、歌は勿論、一流です!(なんでもっとメジャーにならないんだろ?

将来を生きていく上で「てげてげ」じゃあもう立ち行かないので、なんとかしなければ、という危機感も当然、必要なんですが、生産・流通が徹底的にグローバル・効率化された後に来る「仕事のない社会」の先進モデル(というか回帰先)になるのが、宮崎のライフスタイルなんじゃないかな、と考えています。

朝は山や海で遊んで、昼はそれぞれの仕事をして、夜は集まって焼酎を飲んで。

一休

運を天に任せて

「社長」と若い頃から呼ばれ続けている割には、あんまり大きなお金を動かした経験が無かったんですが、今日は久々に手が震えるような金額の契約書に署名をしました。

時流を精確に読み、合理的で無駄のない決断が出来たかというと、100%の自信は持てないのですが、自分が「こうならいいな」と思える未来に近づく一手だと思えば、どんな結果になろうと後悔は無いと思います。あとは全て神様に任せて、自分は今やれることを淡々とやりましょう。

流通の次の形

「とても良さそうなシャンプーを見つけたので変えてみました」よりも「こんな酷い勧誘をされました!」って話の方がやっぱり耳目を集めますよね。下のブログのマルチ商法、どう伏せ字されてもアムウェイとしか読めないんですが(笑)、これは何年前くらいの話なんでしょう。

ご注意ください!謎のイケメンとマルチ商法

この辺の総体的な事情がどうなってるのか前々から気になってたのですが、綺麗にまとめてくれているサイトがありました。

特に1990年台に日本で急激に広がり1996年に過去最高となる2121億円の売上を達成しました。しかし1997年に国民生活センターがアムウェイに関する苦情・相談件数が4年連続で1,000件を超えていることを公表し問題化。そのあたりから売上は落ち込んでいきます。
http://it-rush.com/amway

やっぱり肌感覚と一致します。自分も変な勧誘を受けたのが2000年代中盤くらい。2011年には920億円まで売上が落ちています。しかしその後、徐々に回復し、2016年には1000億を突破しています(参考:Amway会員データ集)。本社が路線を転換した、というよりは無茶苦茶な勧誘をやっていた人間が自然に淘汰されて、その後徐々にシェアを回復しているという図式ではないかと想像します。

Amwayには、かなり品質に拘った商品が揃っています。豊富な商品知識を備えたメンバが必ず近くにいてくれます。確かに安くはないかもしれませんが、水・サプリ・プロテインなど自分の体の一部になるもの、あるいは洗剤など、自分の体に触れるものに関してはちょっとぐらい贅沢さを感じられるものに触れられたら良いなと考えています。

そして自分が一番面白いなと感じているのは、流通に必然的にコミュニケーションが発生する点です。効率が徹底的に追求され、スーパー・コンビニ・ネット通販で安くて良いものが簡単に手に入るようになったことは勿論、素晴らしいことなんですが、あえて人づてに流通する無駄なやりとりを楽しむことが、次の豊かさにつながるのではないでしょうか。

最後に、この会社嫌われてるな、って感じることが多いのが、やっぱり続けようと思った一番の動機かもしれません。なんとなくシンパシーを感じてしまったというか…「あの会社はxxだから」とかネットで読んだだけの情報を鵜呑みにしながら流されていく人生は嫌だなと常々思っていて、実際に自分の目で確かめたら噂と大分違ってた、という感じ。

自分の目で見て、自分の頭で考える人たちが周りに増えてくるだけでも、人生が凄く楽になりますよ。

以下は、去年書いたエントリです。

流通の付加価値

Googleの音声入力

勝間和代氏のブログで紹介されていたので、試しに使ってみた(*)のですが、これはすごい。どんな言葉でもすらすらと変換してくれます。「ジャン・ボードリヤール」なんて人名もきちんとカタカナになります。

ここ最近、MacOSのIMEが全然学習してくれなくなっていて、日本語入力にストレスを感じることが多かったので、これは嬉しい発見かもしれません。自室で使うには最高ですが、オフィスだと恥ずかしいし、カフェやコワーキングだとちょっと難しいですが…(^^;

(*) Google Docsの「Tools」メニューに「Voice typing」という項目があります。ショートカットキーは「Cmd + Shift + S」です。

リメンバー・ミー

久しぶりに映画館で映画…!なんだかんだ言ってやっぱりディズニーの映画が好きみたい。

歳をとると涙腺が緩くなる、って言いますけど、字義通り筋肉が弛むんじゃなくて、様々な境遇に自身の体験をオーバーラップし易くなるからなんだと思います。「その気持ち…分かる!」って場面が増えるんですね。

コミュニケーションには必ず、一部に「理解」と「誤解」が含まれる。(中略)伝わるもの、伝わったと認識されるものは、受け手がその場で着想したものである。送り手は、単に注意を喚起したに過ぎない。
MORI LOG ACADEMY 4 – 森博嗣

大阪Pythonの会

大阪滞在1日目の夜に参加してきた勉強会のメモ。人が多いところは苦手なんですけど、こうした情報共有と交流が日常的に行われていて、レベルの高い人たちが惜しげもなく披露する知識に簡単に触れられるというのは、やっぱり都市部の良いところですよね(東京も行ってみたい)。とりあえず後から思い出せるようにキーワードだけ。

  • AirFlow
  • Workflow
  • Colaboratory

特にAirflowはAirbnbが元々開発したものらしく、ちょっと気になってます。後でちゃんと調べよう。自分も(あんまり大した情報は持ってなかったんですが)せっかく宮崎からの参加なので、ちょっとだけOpenCVについて喋りました。

それからもう一つ気になるイベント情報もゲット。

http://osaka.pycon.jp/

宮崎の勉強会も、LTの機会作ったり、もう少し幅広い業種の人が集まれるようにして行きたいなと思います。良い勉強になりました。

愛知、大阪、岡山

月曜日から土曜日まで丸々一週間の出張。沢山の人に会って色んな話をしたり聞いたり。

最終日は岡山で久しぶりに娘たちと面会。今はもう、じゃあまたね!って笑顔でお別れができます。別れるのが辛いから、もう会わない方がいいんじゃ、なんて女々しいことを一瞬でも考えちゃってたのは自分だけみたいで情けない限り。

お別れ続きの人生だけど、考えてみたらそれ以上の数の出会いがあるから、今を生きていられる訳なんです。今持っている幸運に目を向けないと。

合理的無知

この問題に「正解」はない。「被害を最小限に止めることができそうな対策」しかない。でも、そんなことを提案しても誰からも感謝されない。場合によっては叱責される。だから、みんな黙っている。黙って破局の到来を待っている。
内田樹の研究室 

システムの開発や移行プロジェクトの後半になると、「どうしてこんなことになったんだ!説明しなさい!」と声を荒げる担当者がかなりの高確率で出現してきます。

もちろん、一定規模以上の仕事であれば客観的な立ち位置から進捗を俯瞰する役割も必要なのは承知しています。しかし、あえて無知であることはそんなに容易ではなく、大抵は声を荒げた本人の立場の確保にしかつながらないような介入がしばしばです。後から出てきてミスをつつき、責任者を追求することを繰り返していたら、現場では徐々に問題の火種を拾うインセンティブが失われてゆきます。

冒頭の引用文のように国のレベルでも同じことが起きているようで、身近にこうした事例がしばしば観察されるのも無関係ではないように思えます。政治においては、あらゆる決定には必ずデメリットや潜在的なリスクがつきまといます。どんな政治家を支持しても、その政治家が間違った施策をとってしまう可能性はあるわけです。だから、「僕は政治には興味ないです」「頼れる政治家がいないです」と、どこにもコミットせず、いざ問題が起きたら「ほらね!」と自分の正しさをアピールするのはある種の必勝パターンです。

どちらのケースも、無知であることに合理性があります。無知なのは頭が悪いからではなく、合理的な選択として、あえて「無知である状態」を選択しているわけです。企業内文化でいえば、失敗の報告には褒賞を与える、くらい思い切った仕組みの改革が必要なのかもしれません。