noteに移行します

2015年に田舎(宮崎県高千穂町)に移住するタイミングで立ち上げたこのブログの更新もそろそろ止めようかと思います。いやもう既に止まりかけてたんですが(^^;

当時と今とでは、見えているものが全然違うな、と時々読み返して感慨に耽ってしまいます。考え方も生活スタイルも全く異なります。この間、沢山頂いてきた恩義にどう報いたら良いのかと考えると目眩がしそうになりますが、逆に開き直って今やれることを淡々とやるしかないと覚悟を決める土台になっているような気もします。

上述の如く書くべきことの質が変わってきたというのもありますが、技術的な面から行くと、(このブログのエンジンである)Wordpressの利用に一旦見切りをつけようということもあります。もちろん、Wordpress自体がダメというのではなく、今後もクライアント向けに提案を続けるCMSの一つであり続ける訳ですが、個人ユースとしては盛り沢山過ぎてイマイチ肌に合わなかったという好みの問題です。(色とりどりのブッフェより、トーストとゆで卵みたいなシンプルな朝食が好きです)

今後何か書きたくなったら、note に書き連ねていこうと思います。言葉よりも行動で示したいということもあるのですが、言葉が必要になることもきっとこれから沢山あると思います。

https://note.mu/yosei/n/nb5339ab50e7d

Pi Cafe

平日夕方に開放しているワークスペース「Pi Cafe」のコンセプトを説明する文章を作ろうと思いながら半年近く過ぎてしまいました。。相変わらず仕事が遅く気移りしがちなのですが、少しずつでも(^^;

当初は英国の「Raspberry Pi Cafe」のマネをして、Raspberry Pi(小さな学習用のコンピュータ)を常設したスペースを作ろうとしていました。その後、IchigoJamなる、さらに面白いガジェットに遭遇し、そちらも良さそうだとなったり、Arduinoや電子工作もやっぱり捨てがたいよね、となったり、紆余曲折を(自分の中で)繰り返した挙げ句、知らない人から見たらタダのガラクタ置き場みたいな一角がコワーキングスペースの端っこに出来上がるという程度に落ち着いてしまいました。

とはいえ、ワークスペースとしての貸出(1回500円のドロップインや、月額3600円のメンバ会員)は引き続きやっていますので、誰でも気軽に遊びに来てくれたら嬉しく思います。販売用の在庫もちょっとあるし、ネットのどこで何を買ったら良いか分からないという方向けに購入代行のサービスもやっています(1注文500円)。

先日は嬉しい出会いもありました。宮崎にまだない3Dプリンタやレーザーカッターを借りて使うことが出来るスペースを作ろうとされている方々が居ます。

我々はIoTのプログラムは作れるけれど、いざ設置するとなった場合のケースや配線が全然素人でよく困っていました。これでちょっとした部品や治具が作れるようになると…夢膨らみます!

そうだ、そもそも「Pi Cafe」をやりたいなと思ったのは、福井県のHana道場という場所です。IchigoJamの聖地…!色んな年齢の人がプログラミングやものづくりに取り組んでいる姿がとても羨ましく見えて、宮崎にも是非こんな場所が欲しいなと思っています。

結婚しました

ホテルの部屋に戻り、荷物をほどいて、明日のシャツとジャケットをハンガーにかけたところでフロントから電話が。「お客様宛てに伝言をお預かりしています」とのことでした。フロントの女性が読み上げたメッセージは「結婚おめでとう。お祝いを言うのが遅くなってごめんね。母より」というものでした。最後にもう一言あった気がするのですが、どうしても思い出せず。

…という夢を見ました。母が交通事故で他界したのが9年前。どうしてこんな夢を今頃?と暫く考えていたのですが、やっと気が付きました。この夢を見たのが、母の誕生日の翌日です。今回の結婚式で一番のご祝儀をくれたのも母なのに、すっかり忘れてました(^^;

時々、こういう不思議な体験をします。スピリチュアルな世界を信じている訳ではないのですが、最近話題の深層学習のメカニズムを勉強すると、過去の一時点の微かなインプットが何かの弾みで出力に影響を与える、という可能性は常にある訳で、そんなに荒唐無稽なことではないのかもしれません。

先日たまたま読んでいた本にユングの共時性(シンクロニシティ)の話題が出ていました。意味のある偶然の一致、という概念です。

https://lumber-mill.co.jp/notes/blogs/130129_diary.html

そもそも、これを読んでいる人にとっては、私が後付けで作ったショートストーリーであると断じることも可能です。わざわざこうして記録しているのは、あなた(或いは自分自身の深層意識)はそれを語る(思い出す)ことで、何を伝えたかったのか?と考えることが大切だということを確認したかったからです。

[本] しょぼい起業で生きていく

「仕方なく、やりたくもない仕事を1時間やって1000円もらうよりも、好きなことをして缶コーヒーもらったほうが、はるかにうれしいと思う」
http://bookshelf.lmlab.net/books/4781617336/2420

先月読了してたのですが、今頃再掲。「道に穴があいていたら、後から来る人が困るから、それを埋める」みたいなことが仕事で、楽しさとか、やり甲斐なんて求めるのは甘えだ、という風に教えられて来ました。

しかし、現実を見渡しても、手頃な穴が空いてない。こっちを手伝ってくれ、と呼ばれて言ってみても、皆んなでこっそり穴を掘って、「こんなところに大穴が!」と白々しく喧伝して、それを大っぴらに埋める。みたいなことをやっている大人たちばかり。なんだかどうでも良くなってきちゃった。

…って感じの若者が多いのかな。と勝手に想像しました。だったらもう年収ん百万とか福利厚生がとか、そういうステータス要らないから、それぞれが楽しいと思うことをやりながら回せる経済圏を作ろう、ってことなのかなと解釈しました。

[本] かなたのひと

かつて高千穂は「麻の王国」であった。町史には、最盛期の明治時代には、現在の町内の水田作付面積450ヘクタールを上回る約460ヘクタールの面積で麻が栽培されていたとの記述があり、米よりも換金作物の麻の栽培が主だった。

かなたのひと「百年の麻布」 – 特定非営利活動法人山参会

Amazonでは買えない貴重な高千穂の文芸誌を手に入れて、やっと読了しました。折しも、沖縄で基地移設反対の住民投票をやっているタイミングに読み進めていたので、色々なことを考えさせられます。

ぼくは今、畑で大豆を蒔いている。何のために蒔いているか分からない。ちゃんと育ってくれるかどうか、それも分からない。ひたすら、黙々と蒔く。

かなたのひと「ぼくの平和大行進」 – 特定非営利活動法人山参会

高千穂の本当の魅力は、壮大な景色や神々の逸話以上に、そこに住み続ける人々にあるんだな、と改めて感じつつ。

夢は未来にばかりあるのではない。過去にも、ずっと昔にもあるのだと思う。

かなたのひと「橋を架ける」 – 特定非営利活動法人山参会

以前、「鬼降る森」を読んだときにも、(高千穂に伝わる)天孫降臨の物語は侵略、或いは融和、どちらの話だろう?という感想を持ちました。あらゆる出来事には複数の側面があって、どちらか一方が100%正解(正義)であるということは無いのだと思います。世界中からの沢山の観光客や、日本中からの移住者を受け入れながら、この町はどんな風に変化していくのでしょう。

人口の総数で見ると衰退していることになりますが、未来にベクトルが向いた人の割合を考えると、意外と楽観できるのかも?なんて考えてますが(^^;

料理教室

2018年の7月頃にABC Cooking Studio の体験に参加した時のことを書こうとしてほったらかしになってた記事がありました。最近、別の料理教室のコンテンツを拝見する機会があったので、掘り出してきて一緒に書くことに。

料理はマネジメントです。冷蔵庫のリソースをどう配置・配分すれば無駄なく活用出来るか。一つのタイミングで複数の品を完成させるために、タスクを並列化するには、どんな工夫が必要なのか。どんな順番でどんな風に味を足していくのか。イーストや麹を扱う場合は、消毒の必要性、温度管理などなど、化学や生物の世界に近い基礎知識も必要です。

過程(作ること)が楽しいというのは、色んな趣味の共通項だと思いますが、成果物がそのまま消費されていくというのが料理の良さですよね。昔、プラモデルづくりにハマった事がありますが、出来あがったモデルを飾っておく場所が無くて、段々手が止まるようになってしまいました。40代は趣味で料理でもしようかな(^^;

出資を頂きました

みやぎん地方創生ファンドに優先株を引き受けて頂く形での投資が実行されました。1月19日付けの宮崎日日新聞にも掲載して頂いています。IoTサービスの推進や、英会話・プログラミング教室事業などを運営する資金として活用します。

今回の投資を頂くにあたって作った事業計画の一つの軸になっているキャッチコピーが「じぶんで作るIoT」です。最近話題のAIに留まらず、あらゆるテクノロジは、ほぼ例外なく人間の仕事を奪う(人間を楽にする)ために開発されてきました。「奪う」というネガティブな用語がよく使われていることからも分かるように、これを不安視する向きが多いように思われます。「不安」の根源は「よく分からない」ことです。あえてパッケージングをしないプロダクトを提供しながら、子ども向けのプログラミングから、IoT機器のコントロール、さらにはパターン認識や機械学習まで、実は地続きなんだよね、ということまで、ちょっとずつ伝えていけたら良いな、と考えています。

私のようなものはこれから沢山できます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく仕事をしたり笑ったりして行くのですから

「グスコーブドリの伝記」より

http://www.miyagin.co.jp/pdf/1919_pdf_data.pdf

ルールの意味

憲法を変えるなという強硬な姿勢は、憲法自体の改正ルールを定めた憲法に違反するものではないか?という主張が森博嗣のエッセイにありました。自分はどちらの立場というのは明確には無いですが、「議論すら駄目」という人たちには恐怖感を覚えることがあります。

大阪では、地下鉄の運転士が髭を生やして良いかという裁判が行われていたようです。敗訴した側の市長のコメントにも同じ感覚を覚えました。ルールはルールなのだから守れ、では閉塞感が強まるばかりです。なぜそのルールが存在するのか、制定された時点ではどんな意図があったのか、最大多数の自由を尊重する方向に調整が出来ないのか、政治(あるいは社内のルールを定める経営者)の役割はそこにあるのではないでしょうか。

大阪市長「なんだこの判決」 ひげ禁止巡る訴訟で控訴へ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190117-00000103-asahi-soci

失敗

経営者の仕事は、リスクを最低限に抑えたり、失敗を防いだりすることではない。リスクをとり、避けられない失敗に耐えられるだけの強靭な組織をつくることだ。

How google works

「失敗は許されない」という場面は、どんな分野のビジネスでもあります。直接的に人命に関わらなくても、規模が大きくなるほど、小さな綻びが大きな影響を及ぼし、その波が再び局所化する時、その当事者の人生を左右するほどのインパクトとなることだって起こりえます。例えば、ちょっとしたオペレーションのミスで大量の誤発注を飛ばし、数億円規模の損失を出してしまって、それを個人の過失として断罪されたら、大抵の人の人生は大きく損なわれるはず。

そうしたリスクを分散するために組織として動く、というところまでは大抵の管理者なら理解できると思いますが、その一つ上の視点を持つことは難しいかもしれません。組織として成長を続けることは、変化を続けることであり、変化を拒絶する(=リスクを許容しない)姿勢は成長を拒絶することと等価です。つまり、「失敗もある」という前提で全てを構築しない限り、成長は無く、成長を止めた組織は緩やかに衰弱します。

メサイア

自分には到底縁が無いだろうと思っていたコンサートに行ってきました。コンピュータを使ってあらゆる音(声も含めて)が合成できるようになりつつある時代ですが、そういったテクノロジーどころか、アンプ(増幅器)すら使わず、大きなホールを音で満たす中世から培われた技術って凄いなぁ、とかKYなコメントしか思い付きません(^^;

というのも、昔は音楽(特に合唱)が大嫌いでした。当時は理由なんて考えもしませんでしたが、コンクールなどに向けて、連帯感や奉仕の心を押し付けられる空気が苦手だったのかもしれません。ひねくれた子供でした。

でも、今は会社でチームビルディングをやったりボランティアをやったりを楽しんでいます(大嫌いだったはずなのに!)。自分の好きなことに没頭する楽しさを知ったからなんでしょうか。今の自分だと、歌うことや演奏することが好きな人の気持ちが分かるような気がします。聴いてくれている人たちを楽しませようという意思も伝わってきます。