出資を頂きました

みやぎん地方創生ファンドに優先株を引き受けて頂く形での投資が実行されました。1月19日付けの宮崎日日新聞にも掲載して頂いています。IoTサービスの推進や、英会話・プログラミング教室事業などを運営する資金として活用します。

今回の投資を頂くにあたって作った事業計画の一つの軸になっているキャッチコピーが「じぶんで作るIoT」です。最近話題のAIに留まらず、あらゆるテクノロジは、ほぼ例外なく人間の仕事を奪う(人間を楽にする)ために開発されてきました。「奪う」というネガティブな用語がよく使われていることからも分かるように、これを不安視する向きが多いように思われます。「不安」の根源は「よく分からない」ことです。あえてパッケージングをしないプロダクトを提供しながら、子ども向けのプログラミングから、IoT機器のコントロール、さらにはパターン認識や機械学習まで、実は地続きなんだよね、ということまで、ちょっとずつ伝えていけたら良いな、と考えています。

私のようなものはこれから沢山できます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく仕事をしたり笑ったりして行くのですから

「グスコーブドリの伝記」より

ルールの意味

憲法を変えるなという強硬な姿勢は、憲法自体の改正ルールを定めた憲法に違反するものではないか?という主張が森博嗣のエッセイにありました。自分はどちらの立場というのは明確には無いですが、「議論すら駄目」という人たちには恐怖感を覚えることがあります。

大阪では、地下鉄の運転士が髭を生やして良いかという裁判が行われていたようです。敗訴した側の市長のコメントにも同じ感覚を覚えました。ルールはルールなのだから守れ、では閉塞感が強まるばかりです。なぜそのルールが存在するのか、制定された時点ではどんな意図があったのか、最大多数の自由を尊重する方向に調整が出来ないのか、政治(あるいは社内のルールを定める経営者)の役割はそこにあるのではないでしょうか。

大阪市長「なんだこの判決」 ひげ禁止巡る訴訟で控訴へ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190117-00000103-asahi-soci

失敗

経営者の仕事は、リスクを最低限に抑えたり、失敗を防いだりすることではない。リスクをとり、避けられない失敗に耐えられるだけの強靭な組織をつくることだ。

How google works

「失敗は許されない」という場面は、どんな分野のビジネスでもあります。直接的に人命に関わらなくても、規模が大きくなるほど、小さな綻びが大きな影響を及ぼし、その波が再び局所化する時、その当事者の人生を左右するほどのインパクトとなることだって起こりえます。例えば、ちょっとしたオペレーションのミスで大量の誤発注を飛ばし、数億円規模の損失を出してしまって、それを個人の過失として断罪されたら、大抵の人の人生は大きく損なわれるはず。

そうしたリスクを分散するために組織として動く、というところまでは大抵の管理者なら理解できると思いますが、その一つ上の視点を持つことは難しいかもしれません。組織として成長を続けることは、変化を続けることであり、変化を拒絶する(=リスクを許容しない)姿勢は成長を拒絶することと等価です。つまり、「失敗もある」という前提で全てを構築しない限り、成長は無く、成長を止めた組織は緩やかに衰弱します。

メサイア

自分には到底縁が無いだろうと思っていたコンサートに行ってきました。コンピュータを使ってあらゆる音(声も含めて)が合成できるようになりつつある時代ですが、そういったテクノロジーどころか、アンプ(増幅器)すら使わず、大きなホールを音で満たす中世から培われた技術って凄いなぁ、とかKYなコメントしか思い付きません(^^;

というのも、昔は音楽(特に合唱)が大嫌いでした。当時は理由なんて考えもしませんでしたが、コンクールなどに向けて、連帯感や奉仕の心を押し付けられる空気が苦手だったのかもしれません。ひねくれた子供でした。

でも、今は会社でチームビルディングをやったりボランティアをやったりを楽しんでいます(大嫌いだったはずなのに!)。自分の好きなことに没頭する楽しさを知ったからなんでしょうか。今の自分だと、歌うことや演奏することが好きな人の気持ちが分かるような気がします。聴いてくれている人たちを楽しませようという意思も伝わってきます。

2018年11月16日

11月に書きかけていた日記を、ふと思い出して掘り出してきました。年を経るごとに、違う世界に逝ってしまった人のことを想う機会が段々と増えてきます。傷や穴を抱えながらでも、人は生きていける。むしろ逆に、その分、他人の事を考えたり想ったりできるようになるはず。


あれからちょうど3年。もう一生訪れることは無いだろうと思っていた神戸のホテルに滞在しています。昨日も、ふとした電話がきっかけで、また忘れかけていた思い出に触れる機会がありました。

神様とか奇跡とかを信じている訳ではないのですが、誰かに見守られている感覚を持つことがあります。過去の記憶と偶然に一致した部分を増幅して認知しているだけと説明してしまえばそれまでかもしれませんが、そう理屈では理解していても、そう感じてしまうことが、時々あります。そう感じたいのかもしれません。

どう感じるかは、その人次第。でも逆に言うと、感じ方を変えるだけで状況を一変させることも可能です。そのことを只々伝えたかったけれど、叶わない願いになってしまいました。

今度の結婚式でお世話になる神様も「隣人を愛せよ」と仰っています。今目の前にいる人たちに精一杯のことをしてあげられるように生きていこうと思います。自分勝手な解釈ですけれど、「忙しいのもいいけど、たまには私を思い出しなさいよ」って言われてたのかな、と考えてます。

人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。
ヴィクトール・E・フランクル 夜と霧

2019年1月5日

1/5(土)午前11時30分から、宮崎教会で結婚式をします。

特に秘密にしていた訳ではないんですが、どこまでの人にお伝えすべきか…と悩んでいる間に、あっという間に直前になってしまいました。お伝えしてない方々ごめんなさい。披露宴は別の会場なので、30分くらいであっという間にはけていく潔い感じの挙式です。

拍手くらいはしてやるか、って気軽な感じでOKです。時間があったら是非、来てください!

進路

そろそろ「ふるさと納税」はじめようかなぁ、いつも色々乗り遅れてる気がします(^^;

いっつも面白そうな企画が並ぶFaavoですが、ちょっと気になるレポートがあったので、たまには他人の記事で一言。

全員の反対をおしきり、中退して宮崎へ
https://faavo.jp/miyazaki/report/3335/19947

自分の場合、色んな成り行きで(レポート中の2に近い)大学を出てから起業、という流れでした。でも、今もし仮に誰かに相談されたら(3の)まずは就職して経験を積んでから、という道を勧めそうな気がします。一言、と言いながら一言にまとめるのは難しいなとやっぱり気が付きましたが、ざっくりいうと、自分が思っていたよりも、世間には優しい人や、社会への愛情のある会社が多かったということかもしれません。

もちろんそうでないケースも沢山あるので、どっちにするか迷うくらいなら、という感じ。

マイナンバー不提出

前回の続き。年末の税務手続きで意外とマイナンバーの提出を拒否する人が多かったので、なんでなんだろうと興味を持って少しネットで検索してみました。色んな意見がありますが、なんとなく気持ち悪いという感情に起因するものがほとんどのように見受けられました。町に初めて信号機が設置された時に、「後から勝手についた」という理由で従わなかった人たちが居る、という話を子どもの頃に聞いたことがありますが、それの現代版みたいな感じかもしれません。

マイナンバーについては、制度を設計した側の立場で考えると、素直に従っておいた方が良いのでは、と自分は考えています。「不提出」ということは、番号の管理が出来てないとか、あまり表に出したくないという心理が少なからず働いた結果であり、納税に対する意識も低いとか、下手をすると何か不正があるのでは、という猜疑を呼びかねません。もし自分がこのシステムを組むとしたら、マイナンバー不明の氏名のうち多額或いは多数からの支払いを受けているレコードを抽出する機能を持たせると思います。税務調査などの名目で権限を使えば、マイナンバーの逆引きなど難しいことではなさそうですし、そもそもナンバーなんかなくても、申告された書類を調べるだけです。調査のやりがいがありそうな個人が引っかかるんじゃないかなー、と考えそうです。

マイナンバー

年末調整の時期なので、各支払先にマイナンバーの提出をお願いしています。「よく分からなくて怖いから…」という方も中にはいらっしゃって、そういう場合は「不提出の理由書」があれば免除出来ることになっています。

今年はちょっと困った人が居て、事務所の貸主に提出のお願いをしたらいきなり怒り出しちゃったそうです。たまたま虫の居所が悪かったのか、マイナンバー制度が嫌いだったのか、はっきり理由は分かりませんが、とんだとばっちりを食ってしまいました。

この件も含めて「大家=お金を貰う権利だけ持ってる」と勘違いしてるんじゃないかというケースにこれまでの人生で何回か遭遇して来ました。だから借りるなら大規模に経営をしている企業からか、もしくは(何かあっても話し合いができる)距離の近い間柄の人か、という二択になってくるのでしょうね。

ICT商談会

宮崎駅の近くで開催された商談会に参加して来ました。(写真は無関係)

日本のビジネスマナーと業界用語をマスターして、こういった好機を逃さず仕事を得ないといけないな…と思いながら、会場を後にしたわけなんですが、よく考えたら、この会場に訪れているほとんど全ての会社が使うほとんど全てのICT技術のコアになるテクノロジの一次情報はほとんど英語です。(まだそんな力はないですが)アプリやウェブサービスのマーケットだって海外に目を向ければ桁違いのパイが存在します。

「海外の人はちょっと…」というような会社と話をしていている場合ではない…!と思い直しました。というと、なんだか偉そうに聞こえてしまいそうですが、(たぶん参加企業の中では)最小規模の会社なりに時代の波を見据えて舵取りをしないといけないな、と気を引き締めたということです(^^;

仕様書英語でも良いよ〜、という感じの取引を広げて行きたいと思います。