田舎暮らしの合理性

田舎に引っ越すんです、と伝えると、とても心配して下さる方が時々います。半沢直樹というドラマの中で「出向させられるぞ」という言葉が、何かの罰を示唆するようなイメージで描かれていましたが、ひょっとしたらこういう風に捉えられているのかもしれません。

物流と通信がここまで発達してしまえば、さすがにもう”流刑の地”的な認識は古いですよ、と反論できそうですけれど、どうしても残る格差が医療でしょうか。大きな病院がありませんので、都会の大病院に搬送されれば助かる可能性のある病気でも、僻地では死を覚悟する必要があります。

生活費が安い、と言われますが実際に安さを感じるのは土地と野菜の値段くらいです。人件費も安いですが、勤労世代の人間にとってみれば、単に給料が安い、ということに他なりません。

あえてネガティブなことばっかり書いてますが、こういう思考の流れこそが我々が現在陥っている「合理性」の認識のトラップなんじゃないかな、と思います。欧米人は合理的だ、と言われますが、飛行機から飛び降りる危険なスポーツが好きだったり、当たるかどうかも解らないベンチャーに桁違いの資金をつぎ込んでいくのもまた彼らの一面です。

じゃあ何が正しい認識なんだ?と言われてもまだ分かりません。どうなるか分からないからワクワクし、もっと学ぼう知ろう、という意欲と好奇心が湧き出てくるということはあるみたいです。結局、「生きる」ってそういうことなのかもしれないなぁ、と漠然と感じる今日この頃です。引越しまであと5日。

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