Takachiho.rb – The Red Stone Shrine

I am willing to create a study group by the name of Takachiho.rb. “rb” is an abbreiviation of Ruby(programming language). As you know, the gem’s color is red.

Surprisingly, I found a shrine which name is Akaishi(= Red stone) Shrine near my residence. Shall the place be a sacred place for all Ruby programmers?

大阪でもやってたRubyの勉強会をこっちで再開したいな、と考えています。名前は「Takachiho.rb(rbはRubyの略語です)」。Rubyといえば赤い宝石ですよね。

うちのすぐ近くに「赤石神社」という名の神社を見つけました。ここ、勝手にRubyの聖地にしちゃいましょうか。年に一回お参りしておくと、コーディングの腕が上がるとか、プロジェクトが炎上しないとか、ご利益適当に考えときます(笑)。境内でRubyハッカソンとか、どうかなぁ?と考えたんですが、ヤブ蚊が多そうなので却下。

田舎の終電

「あっ、そろそろ最終のバスが出るんで失礼します」といって飲み会を抜け出てバスに乗り自宅の前に着いたのが7:30。大阪で言うと御堂筋線クラスの大動脈(笑)路線でも、この潔さです。しかも乗客は2人だけ。

朝のバスを待つ時も気分はさながら「となりのトトロ」。ほんとに来るのかな〜?とちょっとドキドキします。

“Sorry, I have to leave because it’s almost time to depart the last bus of today.” I said and left the drinking party. However, the time I arrived home was still 7:30pm. Actually, it is the main bus route in the town. It’s so early time, isn’t it? In addition, the number of passengers were only two.

Every time I wait for a bus, I feel a little bit nervous because there were few vehicles on the road. I sometimes feel I am the only one in the world.

都会に住んでいると、土の地面を踏むことがあんまりないんですね。傘をささずに歩けるところも多く、深い水たまりに気をつけて歩くなんてこともなかった気がします。今まで履いてた靴は、滅多に洗うことなどなく、かかとが磨り減るまで使って交換してました。

今は梅雨時期ということもあるのですが、田舎に越してから靴が次々と汚れて(濡れて)しまいます。舗装された地面は多いとはいえ、周辺から流れ込んだ土やら草やらで、やっぱり汚れやすくなってしまうみたいです。もう替えの靴がなくなっちゃいました。。素早く乾燥させる方法を探さないと…。

ネットを検索すると「洗濯機の脱水にかける」「新聞紙を詰める」「吊るして扇風機の風をあてる」などなど色々出てきますね。

(Photo by 足成

山谷と田園

アパートの周辺を散歩してきました。覗き込むのが怖いくらいの深い渓谷から水の流れる音がこだまし、鳥や虫たちの鳴き声が混ざります。時折、通り過ぎる車の音だけが人間のもの。田植えの終わったばかりの田んぼに張られた水は綺麗に澄んでいて、泥の中の轍や足跡が綺麗に透けて見えます。

自然の中にいるときに時折感じる「寂しさ」が、たぶん本当の寂しさです。都会の雑踏のなかに一人佇んだ時に感じる「寂しさ」とは少し質が違うような気がします。

高千穂移住2日目

「到着地に発生している霧のため、着陸できない場合は…」というアナウンスにドキドキしながら関空から熊本に飛び、無事に引っ越しの荷物を運び入れて、役場に出向いて転入手続きを済ませました。2日目の今日は、職場になる予定のコワーキングスペースに入って今後の打ち合わせなどなど。

アパートの下見時に光ファイバが到達してることを確認していたので、申し込んですぐ使えるのかと思いきや、2,3週間はかかるんだそうです。さらに、携帯のネットワークが3G(4Gも時々入りますが、不安定)と、確認不足な部分がさっそく露呈しつつありますが…。一歩一歩改善をして行きたいところです。

All you need is…

Love。直訳すると「愛」ですけれど、考えれば考えるほど難しい概念だと思いませんか。今日の物語の中では、「愛=執着」として描かれていることが多いような気がします。けれど、牧師が私たちに教えてくれた「愛」の定義は、違っていました。「感謝」「尊敬」あるいは「慈しみ」「赦し」。そういうものを全部まとめたものなんでしょうか。

明日、2人で宮崎に引っ越します。期待と不安とを、ちょうど半分ずつ両肩に抱えて。色んなことがあるでしょうけれど、たぶん、この「愛」の話を思い出せる限りはなんとかなっていくんじゃないかな、と思います。

他人に干渉されたい、それが愛の定義ではありませんか?
森博嗣 – 君の夢 僕の思考

愛する人を見つめることは、結局は、孤独を知ることであって、そして、きっと自分を知ることになるのだ。
 森博嗣 – 四季 秋

人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。
ヴィクトール・E・フランクル – 夜と霧

田舎暮らしの合理性

田舎に引っ越すんです、と伝えると、とても心配して下さる方が時々います。半沢直樹というドラマの中で「出向させられるぞ」という言葉が、何かの罰を示唆するようなイメージで描かれていましたが、ひょっとしたらこういう風に捉えられているのかもしれません。

物流と通信がここまで発達してしまえば、さすがにもう”流刑の地”的な認識は古いですよ、と反論できそうですけれど、どうしても残る格差が医療でしょうか。大きな病院がありませんので、都会の大病院に搬送されれば助かる可能性のある病気でも、僻地では死を覚悟する必要があります。

生活費が安い、と言われますが実際に安さを感じるのは土地と野菜の値段くらいです。人件費も安いですが、勤労世代の人間にとってみれば、単に給料が安い、ということに他なりません。

あえてネガティブなことばっかり書いてますが、こういう思考の流れこそが我々が現在陥っている「合理性」の認識のトラップなんじゃないかな、と思います。欧米人は合理的だ、と言われますが、飛行機から飛び降りる危険なスポーツが好きだったり、当たるかどうかも解らないベンチャーに桁違いの資金をつぎ込んでいくのもまた彼らの一面です。

じゃあ何が正しい認識なんだ?と言われてもまだ分かりません。どうなるか分からないからワクワクし、もっと学ぼう知ろう、という意欲と好奇心が湧き出てくるということはあるみたいです。結局、「生きる」ってそういうことなのかもしれないなぁ、と漠然と感じる今日この頃です。引越しまであと5日。

英語勉強虫 the final

週間マガリで大阪在住期間最後の英会話バーを開催して来ました。今回も大盛況で、20人のお客さんに来店頂いています。感謝。

バックグラウンドが全然違う人たちが集まって、お互い名前も知らないところから会話が始まり、何か共通点を見つけたら嬉しくなって、意外な相違を見つけたら素直に驚いて、っていうスタイルのコミュニケーションが自分は好きみたいです。視野が拡がるから、っていう月並みな表現しか思いつきませんが…新しくてワクワクするものって、大抵はこういう多様性の中から生まれてくるんじゃないでしょうか。

大阪のバーはこれから裏方として盛り上げる側に回ります。高千穂でも同じこと…は難しいかもしれませんが、シリコンバレーで流行ってるダイバーシティ(多様性)も、八百万の神様の方が元祖でしょう?個々人の違いを尊重し、受け入れ、時には切磋琢磨するDNAを我々は持っているはずです。

LCC(格安航空会社)

来月の移動はJetstar(ジェットスター)というLCC(格安航空会社)を使う予定です。たまたま、セールの日にあたったんですが、なんと片道一人3000円(関西ー熊本)。

この流れがどれくらい続くのか不明ですが、とりあえずこれに乗っかって直近数年のビジネスプランを考えています。通常期にチケットを買っても7000円程度(のはず)なので、なるべく閑散期に出張を組むようにしていれば平均して片道1万円くらいの交通費で、大都市圏を行き来できるのではないかと想定しています。

定期的な出張の他に、参勤交代的なスタイルも検討しています。LCCが無くなって移動のコストが跳ね上がったら、こちらでしょう。

都構想

大阪都構想の住民投票、残念ながら賛成派が僅差で負けちゃったんですね。しかし、これで進むべき方向が見えた、という人も多いのではないかと想像します。記者会見での市長の笑顔を見て、そんな気がしました。

「変化を拒絶する」という層が存在し、その内訳が実に多種多様であることが、今回の住民投票を巡る人々の動きで垣間見えたような気がします。しかし、裏を返せば、「変わらなければならない」という自覚を持った人間が半数近くも存在していたとも言えます。

あれだけ言説に長けた政治家が訴えても駄目だった以上、別の道を探るしかありません。開発の世界では、こういうことは日常茶飯事で、「一つ失敗したことで、成功に一歩近づいた」と常に評価します。責められるのは常に「怠惰」のみです。