流通の次の形

「とても良さそうなシャンプーを見つけたので変えてみました」よりも「こんな酷い勧誘をされました!」って話の方がやっぱり耳目を集めますよね。下のブログのマルチ商法、どう伏せ字されてもアムウェイとしか読めないんですが(笑)、これは何年前くらいの話なんでしょう。

ご注意ください!謎のイケメンとマルチ商法

この辺の総体的な事情がどうなってるのか前々から気になってたのですが、綺麗にまとめてくれているサイトがありました。

特に1990年台に日本で急激に広がり1996年に過去最高となる2121億円の売上を達成しました。しかし1997年に国民生活センターがアムウェイに関する苦情・相談件数が4年連続で1,000件を超えていることを公表し問題化。そのあたりから売上は落ち込んでいきます。
http://it-rush.com/amway

やっぱり肌感覚と一致します。自分も変な勧誘を受けたのが2000年代中盤くらい。2011年には920億円まで売上が落ちています。しかしその後、徐々に回復し、2016年には1000億を突破しています(参考:Amway会員データ集)。本社が路線を転換した、というよりは無茶苦茶な勧誘をやっていた人間が自然に淘汰されて、その後徐々にシェアを回復しているという図式ではないかと想像します。

Amwayには、かなり品質に拘った商品が揃っています。豊富な商品知識を備えたメンバが必ず近くにいてくれます。確かに安くはないかもしれませんが、水・サプリ・プロテインなど自分の体の一部になるもの、あるいは洗剤など、自分の体に触れるものに関してはちょっとぐらい贅沢さを感じられるものに触れられたら良いなと考えています。

そして自分が一番面白いなと感じているのは、流通に必然的にコミュニケーションが発生する点です。効率が徹底的に追求され、スーパー・コンビニ・ネット通販で安くて良いものが簡単に手に入るようになったことは勿論、素晴らしいことなんですが、あえて人づてに流通する無駄なやりとりを楽しむことが、次の豊かさにつながるのではないでしょうか。

最後に、この会社嫌われてるな、って感じることが多いのが、やっぱり続けようと思った一番の動機かもしれません。なんとなくシンパシーを感じてしまったというか…「あの会社はxxだから」とかネットで読んだだけの情報を鵜呑みにしながら流されていく人生は嫌だなと常々思っていて、実際に自分の目で確かめたら噂と大分違ってた、という感じ。

自分の目で見て、自分の頭で考える人たちが周りに増えてくるだけでも、人生が凄く楽になりますよ。

以下は、去年書いたエントリです。

流通の付加価値

Googleの音声入力

勝間和代氏のブログで紹介されていたので、試しに使ってみた(*)のですが、これはすごい。どんな言葉でもすらすらと変換してくれます。「ジャン・ボードリヤール」なんて人名もきちんとカタカナになります。

ここ最近、MacOSのIMEが全然学習してくれなくなっていて、日本語入力にストレスを感じることが多かったので、これは嬉しい発見かもしれません。自室で使うには最高ですが、オフィスだと恥ずかしいし、カフェやコワーキングだとちょっと難しいですが…(^^;

(*) Google Docsの「Tools」メニューに「Voice typing」という項目があります。ショートカットキーは「Cmd + Shift + S」です。

大阪Pythonの会

大阪滞在1日目の夜に参加してきた勉強会のメモ。人が多いところは苦手なんですけど、こうした情報共有と交流が日常的に行われていて、レベルの高い人たちが惜しげもなく披露する知識に簡単に触れられるというのは、やっぱり都市部の良いところですよね(東京も行ってみたい)。とりあえず後から思い出せるようにキーワードだけ。

  • AirFlow
  • Workflow
  • Colaboratory

特にAirflowはAirbnbが元々開発したものらしく、ちょっと気になってます。後でちゃんと調べよう。自分も(あんまり大した情報は持ってなかったんですが)せっかく宮崎からの参加なので、ちょっとだけOpenCVについて喋りました。

それからもう一つ気になるイベント情報もゲット。

http://osaka.pycon.jp/

宮崎の勉強会も、LTの機会作ったり、もう少し幅広い業種の人が集まれるようにして行きたいなと思います。良い勉強になりました。

合理的無知

この問題に「正解」はない。「被害を最小限に止めることができそうな対策」しかない。でも、そんなことを提案しても誰からも感謝されない。場合によっては叱責される。だから、みんな黙っている。黙って破局の到来を待っている。
内田樹の研究室 

システムの開発や移行プロジェクトの後半になると、「どうしてこんなことになったんだ!説明しなさい!」と声を荒げる担当者がかなりの高確率で出現してきます。

もちろん、一定規模以上の仕事であれば客観的な立ち位置から進捗を俯瞰する役割も必要なのは承知しています。しかし、あえて無知であることはそんなに容易ではなく、大抵は声を荒げた本人の立場の確保にしかつながらないような介入がしばしばです。後から出てきてミスをつつき、責任者を追求することを繰り返していたら、現場では徐々に問題の火種を拾うインセンティブが失われてゆきます。

冒頭の引用文のように国のレベルでも同じことが起きているようで、身近にこうした事例がしばしば観察されるのも無関係ではないように思えます。政治においては、あらゆる決定には必ずデメリットや潜在的なリスクがつきまといます。どんな政治家を支持しても、その政治家が間違った施策をとってしまう可能性はあるわけです。だから、「僕は政治には興味ないです」「頼れる政治家がいないです」と、どこにもコミットせず、いざ問題が起きたら「ほらね!」と自分の正しさをアピールするのはある種の必勝パターンです。

どちらのケースも、無知であることに合理性があります。無知なのは頭が悪いからではなく、合理的な選択として、あえて「無知である状態」を選択しているわけです。企業内文化でいえば、失敗の報告には褒賞を与える、くらい思い切った仕組みの改革が必要なのかもしれません。

Kids Do(キッズドゥ)に掲載されました

宮崎市で配布されている子育て情報系のフリーペーパーにCoderDojoを取り上げて頂きました。こんな立派なこと喋ったっけ?って感じるほど、記者の方が綺麗に記事をまとめてくださっています。感謝。

「人と違ってても良い」というメッセージはあちこちで発せられていて、言葉としては見聞きしてると思うんですが、(日本社会の)現実は真逆で、組織や共同体への強い帰属と同一化を求められる場面がとても多いと思います。それが常に悪い訳ではありませんが、横並びの(出る杭を打つ)意識も強いような気がします。

プログラミングやそれに付随して学ぶ論理的な思考法はそういう世界から抜け出して、もう一歩広い世界を見渡す強力なツールになり得ます。

画家ってどういう人なんですかね、とその男の人に聞いた。毎日、しかも一日に二十時間、絵を描き続けても飽きない人間が、画家だ、その男の人はそう答えた。
どこにでもある場所とどこにもいないわたし – 村上龍

CoderDojo 宮崎

3/2は高千穂小学校でコーダー道場を開催してきました。参加してくれたニンジャ(子どもたちのこと)とその保護者の方々は勿論、場所や機材の確保に奔走してくれた人、口コミで参加者を集めてくれた人、当日手伝ってくれた人、沢山の人に支えられて、この教室が埋まってしまう熱気のある会を持つことが出来たことに心からの感謝を。

…写真掲載の許可を貰っておけば良かった(^^;

2年前に宮崎市内に引っ越すくらいのタイミングで構想していたことが、ようやく形になりはじめてきたかも、という気がします。フリーでオープンなソフトウェアの世界から生まれたコーダー道場もまた、フリーでオープンな思想が中心にあります。たまたま今、宮崎で旗を振っているのが私、というだけで、他の誰でも同じようにDojoを開催することが出来ますし、参加してノウハウを盗んでいくのも自由です。否、盗むという表現は当てはまらないですね。良いアイデアやシステムって本来は後から来た人も自由に使って良いはずのもので、周囲を沢山ハッピーにしてこそ、本当に「良い」ものになります(漢字や数字の著作権料って払ったことあります?)。

日本の教育についても一言物申したかったからこそCoderDojoを始めようと思った部分もあるな、と思い出しました。知的な欲求とは、本来、何かを食べたり手に入れたりするのと同じくらい自然なものです。自ら考えて学ぶ力と習慣は確実にその人の生存確率を上げ、人生の質を上げることに寄与します。それを巧みに抑制し、(勉強なんか嫌いだという姿勢がステータスになるような)同質な集団を作ろうとする不気味な圧力を時折感じることがありました。

自分の好きなように色んなことを学んでいいんだよ、というメッセージを届け続ける場が今の日本にはまだもう少し必要だと感じています。

CoderDojo 宮崎 (計画中)

CoderDojo 宮崎 (準備中)

[本] グスコーブドリの伝記

私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。 – 宮沢賢治傑作選

こちらは書籍。映画を見る直前に読了していました。宮沢賢治の柔らかな文章に触れると、いかに忙しなく毎日を過ごしているか、ふと気付かされる気がします。

最近、ネットワークビジネスについて考える機会が度々あります。ネットワークという言葉も、ビジネスいう言葉も本来ニュートラルなものです。彼の本の主人公のように、自分よりも後から来た人たちがもっと立派にもっと活躍できることを心から願えるようになりたい。しかし、普通の人間はどうしても、自分が中心、という欲を持ってしまいがちです。そこをうまくマネージしようという発想から生まれたもののような気がします。

アトピーと禁煙

自宅の薬箱に眠っていた沢山のステロイド剤をまとめて捨てました(アトピー性皮膚炎の薬です)。そういえば、20代の後半くらいまでは、かなりアトピーに苦しんでいたんでした。ほんとに綺麗さっぱり忘れてました…(^^;

別に命に関わる病気じゃないんだからいいだろ、という感じで、喘息とアトピーで通院を繰り返す息子の横でタバコを悠々とふかす親が居るような家でした。健康増進法(受動喫煙を防止するための法律)を改正して骨抜きにしちゃった人たちも多分こんな感じなんでしょうね。昨日、薬を見つける直前までの自分も同じだったかもしれません。皮膚や呼吸器が過敏な時に、煙を吸わされるのがいかに苦痛か忘れていました。

健康に限らず、能力でも立場でも、一度手に入れてしまうと、それがない状態からの視点に思いが及ばなくなりがちです。気をつけないと。そして、相当病弱だった自分の体のことも。しっかりメンテナンスしつつ鍛えないと。

中庸

最近、ブログに文章が書けない原因を色々考えてるんですが、やっぱり何を考察しても全ての結論が「中庸」に戻ってきてしまうからなんだと思います。

お金儲けは必要か?と問われれば、お金に囚われるのも格好悪いし、お金から逃げるのも間違ってると思います。お金を媒介せずに出来ることが増えてるのも事実だし、お金がないと困ることも当然あります。「ほどほどに」が常に答えになっちゃうんですね(^^;

まあ「不惑」の歳が近づいてきてる感じ?なのかもしれませんが、全ての分子が中性で安定した状態だと、エネルギーが取り出しにくいという問題があります。貧乏のコンプレックスに突き動かされて頑張ってた20代に戻りたいとは思いませんが、現状に甘んじがちな自分もはっきりと嫌悪すべきだと思います。

という結論すら、ほらやっぱり「中庸(バランス)」。安定感を長所と捉えて少しずつ軌道修正しながらやっていくしかないですね。。少しずつ。

Takachiho.rb #23

先日の、Takachiho.rbで考えた問題です。


以下のような配列があります。

var arr = [1,2,3,4,5,6,7,8,9,10];

この中から1つの要素をランダムに取り出すコードは以下のようにかけます。

var v = arr[Math.floor(Math.random()*10)];

では、ここから3つの要素をランダムに重複なしで取り出すにはどうしたら良いでしょう?

もともとRubyの勉強会をやりたくて立ち上げたんですが、今は言語・フレームワーク一切問わずという感じの緩やかな勉強会になっております(^^;

解答例は以下。
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